執心鐘入:現代語訳 當眞嗣美

 

 歌

 

照らす日は西に

布ほどの長さ

首里奉公(しゅりほうこう)へと

ひとり歩む

 

若松

 

 我(われ)は中城(なかぐしく)

 若松(わかまつ)と申す

 御奉公があって

 首里にのぼる

 二十日夜(はつかよ)の暗さ

 行く先に迷い

 殊(こと)に山道は

 露も深く

 あの村のはずれ

 火の光たよって

 立ち寄り今宵を

 明かしたいと

 この屋戸の内に

 案内を願う

 旅に行き暮れて

 行く先もなくて

 御情けに一夜(いちや)

 泊めて欲しい

 

 

 誰がこんな夜

 宿を借りたいと

 親が留守なので

 無理なのです

 

若松

 

 露さえ花にも

 宿を借りる世に

 どうか御情けで

 泊めて欲しい

 

 

 親が留守のとき

 宿を貸しておき

 人に知られると

 浮き名が立ちます

 

若松

 

 親が留守なので

 自由にできない

 繰り返し二度は

 言いにくいけれど

 我は中城(なかぐすく)

 若松(わかまつ)なのです

 御奉公(ごほうこう)のため

 首里に参ります

 二十日夜(はつかや)の暗さ

 行く先も見えず

 戻る道もなく

 行き詰っています

 どうか御情けで

 泊めて欲しい

 

 女 歌

 

あなたと思えば

いやとは言わない

冬の夜通しに

語りあいましょう

 

若松

 

 二十日夜(はつかや)の暗さ

 道に迷っていた

 御情けの宿に

 すこし休む

 

 

 まれな出会いです

 ほんの片時も

 起きてくださいな

 語りましょう

 

若松

 

 今日は初出会(はつであ)い

 語ることはない

 

 

 約束の出会い

 実にしあわせで

 袖の振り合わせ

 御縁ですよ

 

若松

 

 御縁など知らぬ

 恋の道知らぬ

 しばし待ちかねた

 夜明け白雲

 

 

 深山(みやま)うぐいすの

 春の花ごとに

 添える世の中の

 ならいですよ

 

若松

 

 知らぬ

 

 

 男に生まれて

 恋知らぬ者は

 玉の杯(さかずき)の

 底も見えぬ

 

若松

 

 女に生まれて

 義理知らぬ者は

 これぞ世の中の

 地獄なのだ

 

 歌

 

及ばれぬ方(かた)と

かねてから知れば

なんで悪縁を

袖に結びます

 

若松

 

 悪縁は袖に

 結んでもいいが

 我は御奉公

 行くばかりだ

 

 歌

 

悪縁を結び

また放せますか

振り捨てて行っても

きっといっしょです

 

若松

 

 もしもし、座主(ざす)さまが

 露の身の命

 救いますか

 

座主

 

 こんな夜おそく

 童(わらべ)の声する

 とてもめずらしい

 急いで聞け

 

若松

 

 一夜かりそめの

 宿の女との

 悪縁の綱を

 離しようがなく

 ついに一つ道

 後から追いかけ

 露の命を

 取ろうという

 行く末吉はと

 この御寺に

 頼めばついには

 我が命

 きっと助けて

 我が命

 

座主

 

 ああ、たいへんなことだ

 たいへんなことだ

 命振り捨てて

 恥も振り捨てて

 探して来たのだ

 ただではすまぬ

 女恋心

 おろそかにするな

 思い詰めるので

 命も取る

 隠す場所がない

 いやと断れば

 とてもいたわしい

 心いたい

 

若松

 

 行く先もなくて

 頼って来たのです

 どうか我が命

 きっと助けて

 

座主

 

 どうしたか童(わらべ)

 花の顔隠し

 露の身の命

 助けたいと

 戻る道もなく

 恋の責め苦でも

 開けて鐘の中

 下に隠せ

 さあ、さあ、

 おはいり、おはいり、

 小僧ども集め

 見張りをさせよう

 小僧ども、さあ

 小僧ども、さあ

 

小僧

 

 はい、

 

座主

 

 耳の根を開き

 よくお聞きなさい

 花盛り女

 たずねて来たなら

 立ち入り禁止だ

 おろそかにするな

 たとえ寺内を

 探したとしても

 この鐘の近く

 気をゆるすな

 気をゆるすな

 

小僧ども

 

 はい、

 

小僧(一)

 

 めんどうな座主が

 隠した若衆(わかしゅう)

 留守なので互い

 語りましょう

 

小僧(二)

 

 惜しい花盛り

 ひとりでおかない

 

小僧(三)

 

 御縁ある人に

 匂い移る

 

小僧(一)

 

 ああ、失礼な小僧

 

 女道行

 

露の身だけれど

自由にならない

思う人たずね

いっしょになろう

 

小僧(二)

 

 女は法度(はっと)法度(はっと)

 戻れ、戻れ、

 

 歌

 

禁止の垣根も

何のことはない

花につく蝶を

禁んじるのか

 

小僧(一)

 

 昔から寺は

 女は禁止だ

 何事がおきて

 尋ねたのか

 

 

 七つを重ねた

 年頃のかたに

 思うことがあって

 尋ねました

 

小僧(一)

 

 尋ねるお方は

 夢にさえ見えぬ

 急ぎ立ち戻れ

 女童(おんなわらべ)

 

 

 蟻虫(ありむし)のたぐい

 情けある浮世

 是非も定めずに

 残念です

 

小僧(一)

 

 恨み事聞けば

 ことわりなことだ

 知らぬふりをして

 許そうかな

 

小僧(二)

 

 頭丸めても

 慈悲を知らぬ者

 石か朝夕の

 薪(たきぎ)のよう

 

小僧(三)

 

 座主の言い付けを

 忘れてはだめだ

 なんで寺内に

 いれてしまう

 

小僧(一)

 

 ああ、ぶしつけな小僧

 

小僧(三)

 

 頭丸めても

 女花盛り

 匂いに引かされ

 笑止、笑止

 

小僧(二)

 

 ああ、ぶしつけな小僧

 

小僧(一)

 

 春の花桜

 色は美しく

 匂いなお勝る

 梅なのかも

 

 歌

 

この世であの人

御縁はないかも

ひとり恋こがれ

死ぬ思いで

 

座主

 

 ああ、

 一大事があった

 はやく、逃げろ逃げろ

 さあ、さあ、

 

 

 今に不審な

 あの鐘

 

座主

 

 これは

 どうしたらこんな

 どうしたらこんな

 鬼が、鬼が、

 

座主

 

 狂ったか、狂ったか、

 

小僧(二)

 

 鐘が、鐘が、

 

座主

 

 狂ったか、狂ったか、

 

小僧(一)

 

 どうしようもなく

 とめること出来ず

 若衆を尋ね

 女童(おんなわらべ)が

 寺内を探し

 会えない恨みに

 鬼になり鐘に

 まといついた

 

座主

 

 それだ、それだ、

 言い付けたことを

 おろそかにしては

 こんなことをして

 どうしようか

 さあ、さあ、

 今からは

 どう言っても

 しょうがない

 法力(ほうりき)を尽し

 祈りぬけるしか

 さあ、さあ、

 

小僧ども

 

 はい、

 

東に向かって、ナマクサマンダ・・・・・・(以下略)